東シナ海に浮かぶ長崎県の小値賀島(おぢかじま)。過疎高齢化が進むこの島は、「離島」という不利な点を「田舎暮らし」という利点に変え、国内外の修学旅行生や観光客をもてなしてきた。近年、注目を集める島の取り組みを紹介する。

PTPの参加者のアメリカ人高校生と地元のホスト
PTPの参加者のアメリカ人高校生と地元のホスト

ポイント

・自然、歴史、農漁業を基にした体験メニューを充実させる
・民泊で国内外の子どもや修学旅行生を受け入れる
・築100年以上の古民家を宿泊施設やレストランに再生する

長崎県小値賀町は東シナ海に浮かぶ五島列島の一つで、小値賀島とその周辺の17の島から成る。中心となる小値賀島は、人口2,600人余りの小さな島だ。

ご多分に漏れず、この島も過疎高齢化が深刻であり、1年ごとに100人ずつ減っていき、ゆくゆくは無人島になるという危機感があった。

そこで農漁業一辺倒から観光産業へと舵を切り、「外貨を稼ぎ、雇用を生み出す」という仕組みづくりに乗り出した。アイデアと行動力を持つ人々が島に移住してきたことも良い契機となった。その一人が高砂樹史氏(※1)だ。

※1:「NPO法人おぢかアイランドツーリズム協会」の設立に参加し、小値賀観光まちづくり公社を立ち上げたが、家庭の事情で2016年1月より長野県に移住。当時の仲間が島の発展に尽力している。

それまで「自然学校」などを実施していた地元有志の団体や観光協会など3つの団体をまとめて窓口を一本化するため、2007年、NPO法人おぢかアイランドツーリズム協会を設立し、「島の暮らし」を「島の宝」として「島暮らし体験」を売り出した。

だが、人を受け入れるには宿泊施設が足りないため、民泊を受けてくれるよう住民を粘り強く説得して回った。
また一方で、魚釣りや郷土料理づくり、焼きものづくり、カヌー、自然散策などの体験メニューづくりにも力を入れていった。

小値賀島の港の遠景
小値賀島の港の遠景

島には「何もない」。もちろん、観光の魅力とされる温泉やレジャー施設はない。

しかし、手つかずの自然、1955年(昭和30年)代の家並み、車や人の少ない通り、農漁業がある。

それを「日本の原風景」としてPRしたところ、2007年にJTBを通じて「ピープル・トゥ・ピープル国際学生大使(PTP)」としてアメリカから高校生約180名が2泊3日で島を訪れた。
島らしい体験と民泊での温かいもてなしは学生たちから高評価を受け、学生によるアンケートでは、全世界のコースの中で「満足度№1」に選ばれている。またこの評価により「JTB交流大賞」にも選ばれた。

このPTPの成功は、島が2000年から「長崎おぢか国際音楽祭」を開催し、島民に国際交流が浸透していたことが幸いしたと言える。

しかし、リーマンショックや東日本大震災の影響等によってアメリカの学生の渡航がなくなり、現在、島は海外の修学旅行の受け入れを行っていない。

「田舎暮らし体験」は何も海外の学生だけに評判というものではない。
都会の子どもたちにも人気だ。島では、「島の子どもになろう!」「目指せ!島キング!」などと称して、子どもキャンプを受け入れている。
農家や漁師の家に泊まり、農業や釣り、家のお手伝いをして、その家のお父さんお母さんと一緒に食卓を囲む。

民泊体験をする日本人の学生
民泊体験をする日本人の学生

島では当たり前のことが、都会では珍しい。

1日目は身構えていた子どもが2日目には素直に。そして3日目には、優しい目になって自宅へと帰っていく。

「今は、家庭団らんというものがなくなっているのでしょう。それに都会では、身構えていないと、イジメに合うんでしょうね。島には、声をかけ合い、顔を見ながら一緒にご飯を食べるという日本の暮らしそのものがあります。滞在するうちに、ここでは身構えなくていいんだと、子どもは思うのでしょう。皆、良い顔になって帰りますよ。」と、協会の尼崎豊理事長は話す。

修学旅行の高校生も受け入れ、帰りには涙を流す生徒もいるほどだ。だが、ガイドや民泊の数が足りず、受け入れ可能人数は一度に120人程度。統廃合によって学校は大型化しており、断らざるを得ないのが課題だ。

島らしさという点でいえば、歴史も追記しておきたい。五島列島は隠れキリシタンの島として知られ、小値賀島の隣に浮かぶ野崎島もそうである。今は施設管理人以外、島民はいなくなったが、かつては650人ほどが住み、その1つの集落に信徒が建てたレンガ造りの教会、旧野首(きゅうのくび)教会が残る。平野部に立つその姿は崇高で美しく、鹿が戯れるのどかな風景と相まって訪れる者の心を魅了する。
廃校となった分校は簡易宿泊施設・休憩施設「野崎島自然学塾村」となり、申し込めば誰でも宿泊・利用できる。小値賀島と野崎島を組み合わせた旅行が一般的だ。

島滞在の課題は、宿泊とレストランである。

そこで、同協会は、古い家々が残っていることに注目した。
古民家再生事業などに取り組んでいたアレックス・カー氏を「おぢか観光大使」に招き、築100年以上の古民家を改築して宿やレストランに変えた。現在6棟があり、宿は一棟丸ごと貸し切りで6人まで宿泊できる。
この古民家の宿は都会の女性に人気があり、1人で宿泊する人もいる。最近は関東から20~30代女性が1~2人で訪れるケースが増え、多くは協会にガイドを頼むこともなく「何もしない」で過ごすという。「時折散策している姿を見かけますが、それ以外はのんびりしていらっしゃるようです」と、尼崎理事長は話す。

古民家日月庵は、くつろげる空間にリフォーム
古民家日月庵は、くつろげる空間にリフォーム
古民家鮑集は、昔のままの縁側が心地良い
古民家鮑集は、昔のままの縁側が心地良い

最近は海外からの個人客を見かけるようになった。協会と別にインターネットで受け入れているところがあるため、実数は把握できていない。野崎島をはじめとする「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」はユネスコの世界遺産候補になっており、数年後に登録が決まれば、さらに小値賀島・野崎島を訪れる人が増えることだろう。
海外から観光客がやってきたときにどう対応するのか。対策が急がれるところだ。

小値賀が人気を集めた理由は、「田舎らしさ」を魅力とし、体験メニューやガイド育成といったソフト面、古民家再生というハード面の両輪をうまく稼働させたことにある。

しかし、それにもまして、「島民のもてなし」が大きいといえるだろう。

島に来たら宿泊せざるを得ないという立地のためか、もともと島にはもてなしの風土があり、住民はみな優しい。
フェリー発着場に、民泊を受け入れた家族が学生を見送りに来ていた。その学生の感動はリピートにつながる。外国人の受け入れ態勢を整備するという課題は残っているものの、協会は歴史遺産登録に関係なく、目の前の観光客を大切にするつもりだ。

取材:やまとごころjp
(インバウンド業界のポータルサイト)
http://www.yamatogokoro.jp/