日本全国、人口減少で苦しむ地方の村々はどこも過疎化対策に追われている。そんな中、長野県の南端にある小さな村、売木村ではインバウンドを絡めた取り組みを始めた。観光促進が観光客だけでなくIターン希望者を増やし、定住・過疎化対策になるという考えだ。外国人移住者をきっかけとした今後の取り組みに注目したい。
ポイント:
・地域に魅せられた外国人が地域おこし協力隊として移住・活躍
・滞在型観光に必要なものを外国人目線でアドバイス
■地域おこし協力隊となって小さな村のインバウンドを促進
長野県売木村(うるぎむら)は信州最南端の村の一つで、人口は約600人だ。村は、1,000~1,300メートルの山々と、売木峠、平谷峠、新野峠など4つの峠に囲まれた小さな盆地にある。村面積の88%を森林が占めており、天竜奥三河国定公園の中心をなす茶臼山高原が広がっている地域で、豊かな自然にあふれている。
まさに「ふるさとの原風景」ともいえるのどかな景観が広がっていて、村は里山の豊かな自然と人とのつながりを大事にしている。
実は、この村の600人のうち、その3割がIターンで住み始めた人たちだ。それも定着率が高い。今後もIターンを受け入れて、村として存続できるようにしたい、と村役場の担当者は言う。また、最終的にIターン者の増加につなげたいという思いもあり、観光促進への取組は売木を知ってもらうためのきっかけになると考えているそうだ。
そんな売木村でインバウンドの取り組みが加速したのは、2017年春である。地域おこし協力隊員(※)として移住してきた五月女・ニーザー・アレックスさんという貴重な戦力が加わったことが大きな要因となった。
ニーザーさんはドイツ出身で、日本人の奥様と二人の子供と暮らしている。彼は結婚を機に来日して、仕事の都合で愛知県刈谷市に11年間住んでいた。当時、北海道から沖縄まで日本中のいろいろな観光地を旅している中で、偶然、通りがかった売木の素晴らしさに感動し、リタイアしたら住みたいと考えていた。夏は涼しく、冬はスキーも楽しめる。
その後、知り合いの子供が売木村で山村留学をしていた縁で、村の収穫祭に参加した。その際に、観光課の担当者のお宅に泊まらせてもらい、そこの囲炉裏がある古民家に憧れを抱いたという。
このようなライフスタイルをすぐに実行したいと思い、何度か村に通い相談したところ、地域おこし協力隊として観光課に採用されることが決まった。
採用を進めた理由は、ニーザーさんが5か国語も使える言語のエキスパートで、海外向けのPRに向いているからだ。また人柄もフレンドリーで、地域の人たちともすぐに打ち解けることができ、村の魅力を引き出せる。さらに彼の故郷も同じような田舎なので、この村の良さを感じ取れると期待している。海外向けの観光促進や受入整備を進めることになった。
(※)地域おこし協力隊:人口減少や高齢化等の著しい地方(条件不利地域)に住民票を移動し「地域協力活動」を行いながら、その地域への定住・定着を図ることを目的とした総務省の制度。なお、応募資格には外国籍が不可という規定はなく、住民票があれば問題ない。
■「のんびり」をテーマに滞在型観光を目指す
ニーザーさんは、売木村に移り住んでから、自分が子供のときにしたような自然のなかでの遊びを小さな息子さんたちと一緒に楽しんでいる。
朝起きると、鳥のさえずりが聞こえ、車の音はなく、静寂さが心地よい。夜は街のギラギラした光もなく、満点の星空だけが望める。
このようにのどかな村を満喫していて、同じような感動を多くの外国人にもしてもらいたいと抱負を語る。
こうしたことからニーザーさんや村の観光課が推し進めているテーマは、滞在型観光である。キーワードは「のんびり」だ。ここに来た人が、心のリセットができるようにしたい。
ターゲットは長期滞在者で、欧米中心に訴求する予定だ。他にも国内在住の外国人もターゲットになりえる。
テーマ決定後のファーストステップとして、2017年の夏に英語の観光パンフレットを作成した。このパンフレットは村の四季折々の素晴らしさを温泉等の観光施設を含めて訴求する内容になっており、名古屋で開催された売木村の物産展でも配布した。さらに来年以降、WEBサイトにも英語ページを作成する予定だ。
今後は欧米人のライフスタイルに合致した滞在型観光を目指するため、ウォーキングや自転車で散策して自然を楽しんでもらえるコースも網羅し、パンフレットやWEBに追加掲載する。
■外国人の目線で観光地の考え方が変わる
村の観光担当者は、ニーザーさんの視点が日本人とは違うことが新鮮だという。
例えば、明皇山あじさいの里という公園についてであるが、村ではあえてPRをしない予定だった。以前は約8,000本ものあじさいが咲いていたが、現在は間伐をしていないために鬱蒼としていて、数も減ってきているという印象があったからである。しかし、ニーザーさんは掲載すべきだとアドバイスした。ここでコーヒーを飲めるようなベンチ等があれば、自転車で走ってきてちょうど良い場所になるからだ。
また、近くに小さいながら牧場もあり、ここも訪れると良いとアドバイスした。
日本人の発想だと車で遠くからわざわざ来てもらうには、立派な設備が必要だと考えがちだ。しかし外国人の長期滞在者には、大きな規模である必要はなく、適度な場所にあることが重要なのだ。
村では今後、地域資源として別荘を活用した取り組みを検討している。
村一帯はもともと中京圏からの避暑地なので、200以上の多くの別荘がある。別荘の所有者は高齢化してきて、すでに使用していない別荘もある。このことから、村では滞在型観光の拠点として民泊としての活用等ができないか、検討しているとのことである。
売木村では自然の良さなど、当たり前の里山の風景を外国人視点で検証することにより、インバウンド誘客拡大の可能性を探る取り組みが続く。
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取材:やまとごころjp
(インバウンド業界のポータルサイト)
http://www.yamatogokoro.jp/
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