訪日外国人の増加は、経済効果という良い側面があるものの、一方で、リスクも伴う。それは急患の対応だ。訪日外国人の絶対数が増えれば、当然、病院に運ばれる人数が増える可能性が高まる。2020年までに訪日外国人を4,000万人受け入れるという政府目標に対して、病院の受入準備はどこまで進むのか。鎌倉市の先進事例を紹介する。
ポイント:
・観光協会と地元の病院が連携することで外国人の緊急搬送がスムーズに
・メディカルツーリズムを進めている病院が地元にあることは、観光業界にとっても心強い
■外国人の急患対応が可能な病院との連携で、観光案内所はスムーズな対応が可能に
ベテランの通訳案内士によれば、外国人観光客がツアー中に具合が悪くなり、病院に同行する機会は珍しくはないと言う。つまり、訪日外国人が増えれば、当然、そのような場面が絶対数として増えるのは確実であり、受入整備の強化が望まれているのだ。
そこで、2016年6月、神奈川県鎌倉市と公益社団法人鎌倉市観光協会、医療法人沖縄徳洲会湘南鎌倉総合病院は、訪日外国人の急患受け入れに関する協定を結んだ。救急搬送をスムーズに行えるよう、救急隊と病院、観光案内所と病院が連携を密にする。外国人に安心して観光してもらえる環境を整えるのが狙いだ。
この提携により、例えば外国人が市内のお寺の石段で大けがして、119番に通報があった場合には、救急車が駆け付け、湘南鎌倉総合病院に運びこむことになっている。
また、急患の外国人から観光協会に連絡・相談があった場合には、協会職員が手順書にのっとって対応することになっている。
手順書には、例えば、薬局に行ってもらう場合、病院に電話してもらう場合、救急車を呼んでもらう場合など、症状・状況に応じた対応手順が整理されており、案内所のカウンタースタッフの役割分担や取るべき行動が明確にされている。
また病院とのホットラインがあり、受け入れる湘南鎌倉総合病院もスムーズな対応ができる。
幸いなことに、協定を締結してから、観光案内所に具合が悪いと相談があったのは、1件だけだという。2017年の3月上旬にドイツ人夫婦から小児科探しの相談があり、湘南鎌倉総合病院を案内した。慌てずに対応できたのは、カウンタースタッフに協定を締結しているという安心感があるからだろう。
■メディカルツーリズムを推進している市内の総合病院が受け入れ態勢をバックアップ
湘南鎌倉総合病院自体は、もともと鎌倉市観光協会の会員でもあり、会員懇親会での意見交換がきっかけで、その後、具体的な話し合いがなされ、今回のような提携に至った。
病院の担当者に伺うと、今回の提携は、決してハードルが高いものではなかったと言う。すでに外国人の急患に対応できる環境が整っていて、これまで通りのことをやるだけだったからだ。
病院を経営する徳洲会では、現理事長が以前から国際化へ向けて前向きだったという。と言うのも、「患者を断らない」ということが徳洲会の基本理念であり、外国人も例外ではないと考えていたからだ。そこで、JMIP事業(※1)に2012年に参加し、翌年3月に認証された。
※1:JMIPとは、国の進めている外国人患者受入れを推進するための医療機関認証制度
http://jmip.jme.or.jp/
当時、日本の医療機関を受診する外国人の数も増加傾向で、政府は、言葉や文化、宗教の違う患者が安心して医療を受けられる環境を整備すべきだと方針を打ち出し、これも追い風となったようだ。
徳洲会のグループでは、医療の国際化を全国の主要な系列病院(札幌、関西、福岡、沖縄など12か所)で進めていて、その他要望があれば72の病院でも対応が可能になっている。
中でも湘南鎌倉総合病院には、国際医療支援室があり、常駐スタッフが7名いて、医療の国際化に向けて3つの取り組みを進めている。
1つ目は、メディカルツーリズムだ。
人間ドック等のコースがあり、海外から検診目的で来日して、ついでに観光もするというニーズにこたえる。現在は、中国からの訪問者が一番多く、現地の医療に特化した旅行エージェント、もしくは現地の旅行博で知った個人からの問い合わせもある。さらに、検診だけではなく、治療目的での受け入れも行っていて、実際に数件の実績がある。
2つ目は、急患対応だ。
近隣での外国人の突発的な事故や病気に対応する。特に鎌倉を観光中の外国人旅行者が運ばれるケースがある。また、ホテルのコンシェルジュから連絡がある場合もあると言う。
3つ目は、在住の外国人による利用だ。
神奈川県には、もともと米軍基地があり、在住外国人が多い。県内の全域から診察にやってくるという。
■外国人の患者を受入れるのに必要なこととは?
受入側である病院において、外国人対応で気を配っているのは、「言語」と「保険」である。
まずは、やはり言語が分からないことが、コミュニケーションの障壁になる。その点を解消するために、病院では英語、中国語、フランス語、ロシア語の対応ができるスタッフを配置し、さらに外国語の問診票も準備している。ただし、全言語に対応できるわけではない時間帯もあるため、そういった時には、NTTドコモが開発した翻訳ソフトを活用している。この翻訳ソフトの開発には実証実験から携わり、改善の手伝いもしている。
次に保険への対応であるが、外国人旅行者は、治療費を気にするそうだ。
病院では、海外25社の旅行傷害保険会社と提携しているので、あらかじめ該当する保険に加入している外国人旅行者は、支払いが不要になる。つまり病院と保険会社で決済を済ませてしまうのだ。
課題としては、夜間休日の緊急対応での言葉の問題だと担当者は言う。ドクターは基本的に英語対応が可能だが、通訳が不在の時間帯でも看護師や受付スタッフが対応できるよう、スタッフの教育も進めていて、英会話教室を定期的に開催しているという。
今後は、全国の主要観光地でこのように外国人患者の受け入れに積極的な病院が増えることが期待される。メディカルツーリズムに積極的であれば、インバウンドの急患対応にも応用がきく。医療の国際化は、インバウンドにとっても追い風になりそうだ。各地で受入環境整備がどこまで進むのか注視したい。
取材:やまとごころjp
(インバウンド業界のポータルサイト)
http://www.yamatogokoro.jp/