ムスリム市場を見据えた取り組みを横浜市は推進する。多くの事業者がインバウンドの主戦場である東アジア向けの取り組みを優先する中、横浜市は先を見越して、マレーシアやインドネシアを重点エリアとしてセールスを積極的に展開している。行政と民間が一体となって、各施設で新しい取り組みが始まった。

横浜がムスリムフレンドリーであることを訴求したチラシ
横浜がムスリムフレンドリーであることを訴求したチラシ

ポイント:

・横浜市がマレーシア、インドネシア市場の強化を明確に打ち出す
・民間事業者の取り組みを把握し、情報発信を後押し

横浜市とともに観光・MICEを推進する横浜観光コンベンション・ビューロー(以下「YCVB」という。)のサイトでは、2013年12月、外国人旅行者向けの観光情報サイト「Yokohama Visitors’ Guide」内にムスリム旅行者向けのページを設置した。
http://www.yokohamajapan.com/muslim/

国際貿易港としての歴史を持つ横浜は、多くの外国人を受け入れてきた。ムスリム対応についても積極的だ。

もっとも市内の多くの民間事業者にとって、インバウンドの主戦場である東アジアの取り込みが優先だ。JNTO(日本政府観光局)の発表によると、中国、韓国、台湾、香港の東アジアだけで2015年の訪日外国人全体の約72%を占めている。

一方、マレーシアやインドネシアも伸び率は高いが、現在の市場規模としては低い。そのため後回しになっているのは仕方がない。ムスリムはまだ次のフェーズという位置づけなのだ。

そこで、行政では先を見越して、2013年に、まずはマレーシアを重点市場と位置づけた。当時、ビザも緩和され、既に市内ではムスリム対応の飲食店もいくつか登場していた。

ムスリムは世界に約19億人いて、これは世界人口の約27%にあたる。今後もさらに増加が見込まれている。
インドネシアやマレーシアは、ムスリムが多い国家として知られており、その数はそれぞれ1億8000万人と1700万人余り。さらに、タイにも600万人いる。
ムスリム市場を育てていくことは、インバウンドを長い目でみると重要だと、横浜市は考えている。

そこで、2013年度の観光庁の「訪日外国人旅行者の受入環境整備事業」へ応募して、これがきっかけとなり、方針が一気に具体化した。これにより、一部の施設だけではなく、市内全体を巻き込んだ取り組みが可能になった。

「訪日外国人旅行者の受入環境整備事業」は、訪日外国人旅行者が安心して快適に、移動・滞在・観光することができる環境を提供することにより、訪日外国人旅行者の訪問を促進、さらに満足度を高め、リピーターの増加を図ることを狙いとしている。

この事業の一つに、ムスリム旅行者向けの受入環境の整備があった。札幌、登別、神戸、そして横浜が採用された。各自治体によって、テーマが異なり、横浜は「ムスリム居住者等と連携したムスリム・フレンドリーな施設・サービス等の情報収集と発信」を掲げた。これによって、ムスリム対応を推進する事業予算を組めることになった。

そして、同年12月、YCVBは外国人旅行者向けの観光情報サイト「Yokohama Visitors’ Guide」内にムスリム旅行者向けのページを新設した。

2014年度では、各施設の取り組みを推進するプロジェクトが立ち上がった。
まず入門講座を実施して、市内の観光施設、商業施設、宿泊施設などの担当者が集まった。「ハラール」(※1)とは何かを知ってもらうことから始めたのだ。

※1:ハラールは意味として2つある。1つはイスラム法で合法であること、そしてもう1つは健康的、清潔、安全、高品質、高栄養価であること。(NPO法人日本ハラール協会より)

さらに、お祈りに使う専用の絨毯とメッカを示すコンパスを貸し出した。16カ所の事業者が希望したそうだ。

ホテルや商業施設に貸し出されたお祈り用のマット
ホテルや商業施設に貸し出されたお祈り用のマット
メッカの方角が分かるコンパス
メッカの方角が分かるコンパス

2015年度は、情報発信を強化する年と位置づけた。YCVBは「Yokohama Vistors’ Guide」のムスリムコーナーをリニューアル。
地元のムスリムの留学生もコンテンツづくりに貢献し、YCVB内にムスリム対応のページを設け、より多くの人々に訪れてもらうために、レストラン、雑貨、缶詰などについて地元目線のディープな情報をそろえている。学生向けの安宿情報も掲載して、FIT(個人旅行)で連泊してもらえるように魅力を発信。さらにSNSも活用した。

また、YCVBは、マレーシアと日本を結ぶマレーシアの航空会社「エアアジアX」と連携して横浜のプロモーションを展開。マレーシアのYouTuberや俳優を招聘して現地へのPRをした。

次に、モデルコースを3つ策定した。
1つ目は、みなとみらいエリアを中心にまわるものだ。山下公園、中華街、カップヌードルミュージアムなどがある。
2つ目が、ショッピングをメインにしたものだ。横浜ワールドポーターズ、髙島屋などをまわる。
3つ目が、市街地から足を延ばしたコースだ。八景島、三溪園をまわる。

モデルコースに組み込まれた三渓園は日本文化を体験できる
モデルコースに組み込まれた三渓園は日本文化を体験できる

いずれもランチがムスリム対応で、ノンポーク、ノンアルコールのお店の利用だ。礼拝場所に立ち寄るコースもある。それに関する情報発信も欠かさない。

ホームページやモデルコースがあるおかげで、海外へのセールスを行う際に、何がおすすめかを明確に伝えられるようになった。

一方、ムスリム対応は、各施設が自主的に動くように変化してきた。役所は旗振り役をして、積極的な事業者が自主的に工夫を始めている。

「新横浜ラーメン博物館」は、ベジタリアン向けラーメンを開発した。豚骨風の味だが、一切動物由来を使ってないので、ムスリム旅行者の中には楽しめる方もいる。
日本料理の「吉祥」では、ハラールビーフによるしゃぶしゃぶの提供を行っている。またムスリムのシェフがいるカレー屋さんもあり、地域内での情報交換も活発だ。

そこに、新たに、ムスリム向けの取り組みを行う事業者が増えてきている。
横浜髙島屋では、「横浜スカーフ」ブランドにより、お土産品としてヒジャブという女性向けのスカーフを販売。ショッピングしやすい売り場づくりとメイドインジャパンの製品が多く揃う。
「ワールドポーターズ」では、礼拝所を設けた。もともと外国人のショッピング客が多い商業施設で、やはり対応が早い。

「東京オリンピック・パラリンピック開催の2020年に向けて横浜をアピールするチャンスだ。」と、市の担当者は言う。事業者のムスリム対応は、これまで以上にもっと積極的になっていきそうだ。

八景島シーパラダイスのレストランはシーフードがメインなので安心だ
八景島シーパラダイスのレストランはシーフードがメインなので安心だ

取材:やまとごころjp
(インバウンド業界のポータルサイト)
http://www.yamatogokoro.jp/