秋田県仙北市は、秘湯が多いエリアだ。もともと湯治文化が栄えており、その面影を今なお残している。仙北市では、温泉を健康と結びつけたものに育てようと、2017年からヘルスツーリズムの取組みに向けて具体的に動きだした。
ポイント:
・歴史ある湯治文化を現代医療に活かす
・湯治が地元住民と旅行者の双方に役立つ施策に
■観光分野での価値が高い湯治文化
秋田県仙北市には、水沢温泉や夏瀬温泉など湯治文化が色濃く残る温泉・温泉郷が多く点在している。中でも、江戸時代には秋田・佐竹藩の藩主が訪れたという由緒ある乳頭温泉郷にある鶴の湯は、今なお「本陣」と呼ばれる警護の武士が詰めていた茅葺き屋根の長屋が残っており、当時の雰囲気を感じることができる。
乳頭温泉郷は乳頭山麓に点在する独自の源泉を持った七湯を指しており、その泉質は多種多様である。七湯めぐりの温泉浴は万病に効くと言われていて、乳頭温泉組合に加入している7軒(鶴の湯・妙乃湯・蟹場・大釜・孫六・黒湯・休暇村)の湯めぐり入浴が人気だ。
エキゾチックな温泉文化を体験したいと外国人もやってくる。台湾からが一番多いが、欧米や韓国などからも訪れる。
昨年(2017年)からは英語表記の案内看板を作って、外国人対応を進めている。ちなみにこの看板は、地元の工芸品である桜の皮細工(※1)で作られている。
(※1)桜の皮細工:桜の樹木の表面を利用して作られた伝統工芸品で、デザインされた茶筒等がある。樺細工と言われている。
http://www.city.semboku.akita.jp/sightseeing/densyo/kaba.html
「日本人・外国人に関わらず、乳頭温泉への訪問客は観光目的がほとんどで、湯治目的で連泊する客はほとんどいない。一方、同市内の八幡平の奥に位置する玉川温泉には、温泉療法として治療目的で訪れる湯治客もいる」と玉川温泉の担当者は言う。
玉川温泉は、1か所の源泉からの湧出量(毎分9,000リットル)と強酸性(pH1.2)の値がともに日本一を誇る、国内屈指の温泉だ。日本有数の湯治宿として、現代も機能している。療養・静養を目的とした湯治宿で、宿泊に食事が付いている旅館部のほか、自炊による宿泊が基本の自炊部も備えている。
玉川温泉へは、湯治目的で外国人も月に4人程度は訪れると同担当者は言う。また日帰り入浴の外国人観光客もいて、入浴方法など一部多言語表記にしている。
■仙北市は、一歩踏み出しヘルスツーリズムをテーマに
2017年9月、仙北市は湯治文化を活かした医療や食、文化を市民の健康増進に役立てて産業振興につなげるために、ヘルスケア産業推進協議会を立ち上げた。「温泉×健康」によるヘルスケア推進がテーマだ。
この協議会には、2つの目的があり、「市民の健康増進」と「ヘルスケア産業の創出」を掲げている。
前者は、市民の健康寿命の延伸・医療・介護費用の最適化、要介護率の低減、そして後者は市内外から誘客や「温泉×健康」により生まれる新たな産業創出を狙っている。
この協議会には、玉川温泉、乳頭温泉など有名な民間の温泉施設が加盟している。財源の一部は地方創生推進交付金で賄っている。協議会では、地域資源を活用したヘルスヘア産業の促進や「ヘルスケアツーリズム」としての効果測定(科学的根拠)の蓄積を目指していく。具体的に協議会では温泉による健康への効果測定に取り組みため、市内3か所の温泉施設に疲労ストレス測定器を導入した。
市民向けの温泉浴マイスターの講習会により、2017年は34名に認定証が交付された。温泉浴マイスターとは、温泉療養を学習することで、自分の健康を向上させ、周囲の人に伝達ができるような「温泉の知識」と「正しい入浴法」を身につけた方を認定する資格で、引き続き講習会を行っていく予定だ。また、それぞれの温泉にも特徴があり、例えば乳頭温泉は美肌に効果があり、玉川温泉は目に効果があるそうだ。
今後はそれらを踏まえ、美肌に効く温泉、目に効く温泉など、個々人のニーズに応じた温泉案内ができる「人材」も育てたいと市の担当者は言う。
■外国医師の臨床修練制度と温泉療法の可能性を探る
仙北市は、2017年6月に外国医師の臨床修練制度の活用に向けた事前実証を実施した。外国医師の臨床修練制度の特例とは、海外の医師免許を保有する医師が、日本の診療所でも日本の医師免許取得に向けた臨床修練制度を活用できる内容だ。
事前実証では、台湾大学医院金山分院医療部部長を招いて、外国人観光客5名に対して湯治及び入浴相談を実施した。
事前実証は日本と台湾を中心とする温泉地の観光団体などで構成する台湾アジア太平洋国際温泉観光協会(事務局・台湾)の総会が昨年6月、秋田県仙北市田沢湖のホテルで行われたタイミングに合わせて実施された。
総会では、台湾と山形県米沢市や群馬県草津町など国内6地区の関係者ら約100人が参加し、市が進める温泉と健康を組み合わせたヘルスケアツーリズムを紹介し、訪日外国人旅行者の拡大につなげたい考えを伝えた。
そのためにも、温泉療法に科学的根拠を示し、医師による健康相談も組み合わせたい。外国人医師であれば、言葉の壁もなく安心して相談でき、インバウンドにつながると考え、事前実証を試みたのである。外国医師は大きなアドバンテージになる。
しかし外国医師の臨床修練制度の事前実証では大きな課題も見つかったという。
外国医師との勤務条件・報酬面で調整が難しいことが分かった。特区の認定がされているのは東京都等、都心の大きな病院があり、高い需要が見込める場所に集中している。収益性が高ければ、高い報酬も外国医師に支払えるのだが、仙北市の場合は、すぐに高いニーズが見込めないというのが現実だ。このような課題があるものの、この制度の運用の仕方について市は今後も検討を続けるそうだ。
健康と温泉をつなげ、国際的に認められるには、科学的な実験結果を踏まえ、地道な取り組みが必要だろう。じっくり育ててもらいたいマーケットだ。
取材:やまとごころjp
(インバウンド業界のポータルサイト)
http://www.yamatogokoro.jp/