熊本県人吉市は、日本全国で注目が高まるムスリム(イスラム教徒)、特に東南アジアからの誘客のため、ハラール(※1)促進区を実現しようとしている。これには人口減、雇用がない環境に苦しむ現状を観光と食というニューツーリズム(※2)で打破しようという、官民連携の強い意志があった。

ハラール牛肉を含むバーべキュー
ハラール牛肉を含むバーべキュー

<成功のポイント>

  1. 地元民間企業の意向を行政が受け止めて連携
  2. 国補助金を有効に利用し、現状の調査からスタート
  3. ニューツーリズムで地域活性化を促進、自治体の企画と観光が連携した動き

※1ハラール
イスラム教の教えである「シャリーア法」とイスラム原理で「許される物又は行為」など「健全な商品や活動」のこと全般を意味する。食だけでなく、金融・医療・流通・運輸等あらゆるものがハラールの対象となっている。

※2 ニューツーリズム
従来の物見遊山的な観光旅行に対して、これまで観光資源としては気付かれていなかったような地域固有の資源を新たに活用し、体験型・交流 型の要素を取り入れた旅行の形態を指す。活用する観光資源に応じて、エコツーリズム、グリーンツーリズム、ヘルスツーリズム、産業観光等が挙げられ、旅行商品化の際に地域の特性を活かしやすいことから、地域活性化につながるものと期待されている

人吉市は熊本県南部にあり、球磨川の急流川下りと温泉、SL人吉で有名な観光を主要産業とする都市である。
しかし、多くの日本の地方都市と同様十分な雇用がないため、若者を中心に人口が流出し、高齢化率は熊本県および全国平均を上回る。
このような状況を打破するべく取り組んだのが「地域資源を活かした人吉ハラール促進区を実現するための地域再生計画」である。

今大いに注目を集めるムスリム対応、「ハラール」に対し、人吉市は平成24年度から着手している。

内閣府の特定地域再生事業「地域起点型アジア市場の研究プロジェクト事業」により、平成24年度に、東南アジアを中心としたハラール市場調査と国内調査を実施した。その調査研究の一つとして、留学生13人を対象にモニター調査を行い、人吉市がムスリムを受入れられるのか、受入れるためにはどうすればよいのかを直接ムスリムにヒアリングした。

その結果、当時はまだ知られていなかったハラール、ムスリム対応のきっかけを得て、その後のセントラルキッチン(※3)の必要性とハラール(ムスリム)ツーリズムの二本立てで地域再生をしていこうとの方針を固めた。

3セントラルキッチン
ここではハラール対応のセントラルキッチンを指す。複数の飲食店などで供される料理をハラール認証を受けた1か所の施設で集中的に調理、配送するシステム。

※平成24年度の調査結果
人吉市特定地域再生事業「地域起点型アジア市場の研究プロジェクト事業」に伴うハラール研究成果報告

次は平成26年11月に旅行シーン別のムスリム受入環境を調査するため、54人のムスリムによるモニターツアーを実施。
ハラール牛肉のバーベキューやオリジナリティの高い観光資源や体験型のアクティビティ、旅館でのもてなしなどに対して高評価が多かったが、食事や礼拝など旅行者のニーズに応じて必要なものを提供するスタンスの重要性が改めて浮き彫りになった。

「人吉ハラール促進区実現のためのハラール“おもてなし”構築事業」に伴うハラールツーリズムモニターツアー報告会資料について

人吉市がいち早くハラールに注目してきたのはなぜか。

平成26年12月18日に人吉市で行われたこの調査の報告会で、田中信孝市長は、人吉市の隣町である錦町「ゼンカイミート」の荻原社長(現在は人吉市経済部産業振興専門員)からハラールの取組や問題点等を聞いていたことも取組みの一因になったと述べている。

「ゼンカイミート」は、熊本県球磨郡に拠点を置く、日本で3社しかないハラール牛肉生産施設。
上記の2つのモニター調査はどちらもゼンカイミートによるバーベキューを行い、大変好評を得たとのこと。ゼンカイミートはハラール牛肉の輸出も行っている。

民間企業と密に対話し、意向をきくことで大きな連携を生み出した好例でもある。

これらの調査結果を踏まえ、人吉市は、観光、食、おもてなし等、さまざまな地域資源を活用してハラールに取組む姿勢を示した。

その結果、人吉市が提案した「地域資源を活かした人吉ハラール促進区を実現するための地域再生計画」が、平成27年1月に地域再生法に基づく第1号と国から認定された。

本プロジェクトは、観光部署主導の単なるプロジェクトではなく、企画部署を中心に人吉市をあげての根幹事業として動いている。

地域再生制度を戦略的に活用しながら、
①ハラール対応セントラルキッチンの形成や周辺環境整備をすすめる
②地域資源を活用した幅広い新たな雇用を創出する 
③インバウンド、アウトバウンド両面から取り組む“おもてなし”の拠点化 
を構想。

さっそく効果が出始めた。

平成27年2月17日に食肉加工・卸業の(株)カミチク(鹿児島市)が、ハラール専用食肉センターを人吉市に新設するという立地覚書を市と取り交わした。平成29年春の操業を目指し、インドネシアやマレーシア等の認証を取得し、国内外で販売をする予定で、地元から約50人を雇用するという。

実際に人吉市のハラール促進の動きが、企業誘致&雇用創出に結実した事例である。

「メディアや関連業界からの問合せも多くなった。セントラルキッチンはまだ時間を要するが、ツアーに関しては直ぐにでも取組める。今後も二本立てで取組んでいく」と人吉市の担当者。

当事者目線に立った綿密な現状調査から地域資源を磨き直し、ハラール対応の設備や施設の集積による雇用の創出と定住及び移住人口の増加につながるか。人吉市の挑戦から目が離せない。

宿にはメッカの方角を示すキプラを表示
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くま川下りも高評価
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紅葉の中で記念写真
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景色も美しい田園シンフォニー
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取材:やまとごころjp
(インバウンド業界のポータルサイト)
http://www.yamatogokoro.jp/