我々日本人が知らないうちに海外で人気になっている盆栽。欧米、さらにアジアに盆栽愛好家がいて、海外でも「BONSAI」という名称が使用されている。埼玉県さいたま市には、盆栽を育成する世界的な盆栽園が集まっており、盆栽鑑賞を目的にやってくる海外の盆栽愛好家が多くいるという。その現状を取材した。
ポイント:
・盆栽はもはや世界の芸術・文化、修行に来日する外国人も
・盆栽目的の外国人旅行者を受け入れるミュージアムをさいたま市が開設
■さいたま市の大宮に盆栽村があり、外国人もやって来る?
さいたま市北区の閑静な住宅街を10数名の外国人男性のグループが歩いている。スペインから訪れたという彼らは、なぜ観光地とは思えない場所にいるのだろう?
「盆栽を見に来たのです」(スペイン人グループのオーガナイザー)
彼らが歩いていたのは、大宮盆栽村。行政上の正式な地名が「さいたま市北区盆栽町」というのも珍しいが、この町の由来はユニークだ。
かつて東京の団子坂(文京区千駄木)周辺には、江戸の大名屋敷などの庭造りをしていた植木職人が多く住んでいた。明治になって盆栽専門の職人が生まれたが、関東大震災(1923年)を契機として彼らは東京を離れ、盆栽育成に適した土壌を求めてこの地へ移り住んだという。
1925年には自治共同体として「大宮盆栽村」が生まれ、現在でも6つの個性豊かな盆栽園を有する日本を代表する盆栽の聖地と知られている。ここには国内はもとより、海外からも盆栽の愛好家が訪れているのだ。
では、いつ頃から外国人旅行者がこの町を訪れるようになったのか。
大宮盆栽協同組合の浜野博美理事長は「もともと以前から外国の方は盆栽村に訪れていた。明治以来、日本でも盆栽文化を支えてきたのは政財界の重鎮だったが、海外からも多国籍企業のCEOクラスや政治家などがこの地を訪れ、盆栽を手みやげにしていた」という。
■盆栽の聖地として、地域をあげて観光にも力を入れている
さいたま市は、盆栽村を地元におけるオンリーワンの観光資源と考え、2010年に大宮盆栽美術館を開館した。同館は盆栽の名品をはじめ、盆栽用の植木鉢である盆器や一般には水石と呼ばれる鑑賞石、盆栽が画面に登場する浮世絵などの絵画作品、盆栽に関わる各種の歴史・民俗資料等を系統的に収集し、公開する世界初の公立の盆栽美術館だ。
同館には年間約7万5,000人の来館者があるが、そのうち約4,500人が外国人だという。国籍でみると、アメリカやオーストラリア、フランス、中国などが多い。
同館の五味貴成主事によると「毎日のように外国の方がいらっしゃる。グループもいるが、日本の伝統文化として見学に来る個人客も多い。わざわざ東京から電車に乗ってやって来るのだから、盆栽の愛好家や業者の方だと思う」とのことだ。
同館ではほぼ月替りで企画展を実施している。2月中旬から3月中旬にかけて行われたのは、地元の盆栽家で芙蓉園の竹山浩園主の作品だ。竹山園主は季節によって変化を見せる「雑木盆栽」の大家。「盆栽は盆上の自然をめでる芸術。うちにもよく外国の方がお見えになる」と話す。
最近では、盆栽園で修行をする外国人も現れるようになった。蔓青園(まんせいえん)で修行しているドイツ人のダニエル・シェファーさんは「もともと造園の研究のために日本に留学したが、知人の紹介で大宮盆栽村の存在を知り、訪ねたら、その素晴らしさに言葉を失うほど感激した。すぐに修行させてもらうようお願いした」と語る。一般に盆栽家のプロとして認められるには6年間ほどの修行が必要とされる。修行を終え、プロとして日本で盆栽園の開園を目指している外国人もいるという。
外国からのニーズを踏まえ、大宮盆栽美術館ではウェブサイトや館内インフォメーションを日本語と英語で表記し、英語の館内ガイドを行っている。2013年からはFacebookを日本語と英語で開設した。昨年4月に開催された「第8回世界盆栽大会inさいたま」の開催100日前から外国人来館者の写真とメッセージを毎日撮影し、投稿するなどして、「いいね!」の件数が4万件を超えている。そのうち8割は外国人(上位は台湾やアメリカ、タイなど)が占める結果となっている。
■盆栽文化を維持していくには課題も多い
フランス在住で同国やスイス、ベルギーなどの盆栽愛好家の訪日ツアーをガイドしている通訳案内士の松尾眞弓さんによると「ツアーに参加されるのは、地方の盆栽クラブのメンバーや盆栽学校の先生や生徒さんで、盆栽が紅葉する秋を好まれます。全国各地の盆栽園を訪ね、必ず訪れるのが盆栽のメッカである大宮盆栽村です。他にも県内であれば、安行や深谷の盆栽園も訪れます」という。
盆栽村への海外からの熱いまなざしがある一方、日本国内では盆栽に限らず、伝統文化の継承を危ぶむ声も多い。実際、大宮盆栽村でも廃業した盆栽園はこれまで後を絶たなかった。
こうしたなか、盆栽村では清香園5代目家元の山田香織さんが始めた盆栽教室に多くの女性が通うようになるなど、国内の愛好家を育てる動きも出てきている。伝統文化を守り、継承する取り組みこそが地元にとっていちばん大切なことだといえるだろう。
インバウンド市場を促進させる効果は、多くの外国人観光客が訪れ、地元にお金を落としてくれることだけにあるのではない。外国客の来訪によって、地域の人たちが地元の伝統文化を再発見し、それを継承していく人材を育てていくことに、いかにつなげるかに意味がある。
これは日本の伝統文化や芸能に共通する課題だ。さいたま市では、授業を活用した小学校での盆栽教室や子供たちの見学の受け入れ、大宮盆栽村の歴史を伝える定例のワークショップを行っている。また知識と技術の両面から学ぶ盆栽学習プログラム「さいたま国際盆栽アカデミー」(2019年度より外国人コースが新設)を開設するなど、人材育成のしくみを地域ぐるみで創出しようとしている取り組みは注目される。
2018年1月、さいたま市はニューヨークで開催された旅行博覧会「ニューヨーク・タイムズ・トラベルショー」で盆栽剪定のパフォーマンスを行うなど、盆栽文化のPRも行っている。
「盆栽の聖地」大宮盆栽村では、今年で35回目になる大盆栽まつりが5月3日から5日にかけて行われる。日本人の盆栽への認知度向上の機会であり、さらに外国人の来場も期待され、国際的になりつつある。
取材:やまとごころjp
(インバウンド業界のポータルサイト)
http://www.yamatogokoro.jp/