江戸時代の城下町のたたずまいが色濃く残る大分県の杵築(きつき)市。外国人を含む観光客への本格的な着物の着付け体験の利用者数は、6年間で10倍以上という盛り上がりを見せている。インバウンドの副産物として、地元の大分県民も着物体験を楽しむようになった。着物で歩くと江戸のテーマパークに入ったような感覚になると人気だ。その先駆的な取り組みの経緯を追った。

昔ながらの坂の城下町、杵築には着物が似合う
昔ながらの坂の城下町、杵築には着物が似合う

ポイント:

・「きものが似合う歴史的町並み」という強みを最大限に活かす
・インバウンドを意識した着物戦略が国内外問わず人気を呼ぶ


■着物が似合うまちと評価され、その価値に気づく!

大分空港の近くにある杵築市は、城下町の風情が残る街並みが魅力だ。その石畳を着物姿の外国人が自撮りしながら、楽しそうに歩く。この光景は、もはや杵築では当たり前になってきた。

着物を貸し出している杵築市観光協会に伺うと、着物姿の観光客が増えたそもそものきっかけは、2009年にNPO法人「きものを着る習慣をつくる協議会」が選ぶ「きものが似合う歴史的町並み」に全国で初めて認定されたことだった。江戸時代の風情が残る杵築市は、着物との相性が良いのだ。

杵築市では、地元の有志が地域を盛り上げようと「お城まつり」や「城下町杵築観月祭」などの城下町を舞台にしたイベントを企画、実施していた。観光協会はこれらの盛り上がりを一過性の行事で終わらせるのではなく、「着物が似合うまち」をテーマに、この地を訪れる人々に江戸の雰囲気を存分に味わってもらおうと、観光協会が2011年4月に「きものレンタル和楽庵」をオープンさせ、希望者に着物の貸出しと着付けサービスを始めた。観光地にありがちな簡易型の着物ではなく、低料金(当時は2,000円、2017年時点では3,000円)で本格的な着物の着付けサービスを提供したこの取組は、当時としては全国的に珍しい取り組みだった。

レンタル着物で記念撮影して盛り上がる観光客
レンタル着物で記念撮影して盛り上がる観光客

杵築のまちは、湾を望む台地の突端に築かれた城をランドマークとして、城の西側に南の高台と北の高台に分かれてそれぞれ武家屋敷群が残っている。また、南北の高台の間にある谷地には商家や町家が建ち並ぶ。ここでは、武士や商人の暮らしぶりをうかがい知ることができ、まるで江戸時代にタイムスリップしたかのような気分になる。着物で歩くとその気分がさらに高まる。

■大分県民も着物体験を楽しむ?

同観光協会の三浦孝典事務局長によれば、2011年に着物体験が開始された当時の年間利用者はのべ900人で、日によっては誰も来ない場合もあったとのことだ。それが2016年には、年間約10,000人とわずか6年間で11倍以上になったのだ。

三浦氏は2011年5月に香港と台北で初めて杵築城下町の営業を行った。現地の旅行会社とメディアを訪ね、パンフレット等を配布した。写真を見ただけで、その面白さが伝わったという。その後も現地の旅行商談会や国内のインバウンド商談会に定期的に出展をした。

ツーリズムEXPOで大分県のブースで杵築を説明する
ツーリズムEXPOで大分県のブースで杵築を説明する

もともとは、日本の観光地である以上は日本人を人口の多い首都圏や福岡などから誘客することを目指していた。そのための戦略として、先に外国人旅行者に仕掛けをし、「日本人も知らない田舎の観光地に外国人が訪れている」と話題性を呼ぼうとした。その様子をマスコミに取材してもらうことで、首都圏等の日本人からの関心を集めることができ、日本人客の増加につながると目論んでいたのである。

着物の利用者は半数以上が外国人で、30%が大分県内からの観光客である。目論んだ首都圏からの日本人観光客は10%以下ではあるものの、代わりに大分県民が地元の文化を楽しむようになったのは嬉しい誤算だったと、三浦氏は語った。

■着物体験で日本文化の理解につながった

「きものレンタル和楽庵」の営業時間は10時から16時までで、14時で受付締切りとなる。料金は3,000円で、小物類をレンタルする場合は追加でオプション料金を支払う。

城下町には協力店があり、着物で入店すると割引やサービスが付くなどの特典もある。武家屋敷等にいたっては、8つの施設入場料がすべて無料になったり、食事をすればソフトドリンクを無料で提供する飲食店もある。

着物姿で買い物すると様々な特典がある
着物姿で買い物すると様々な特典がある

着物は約300着の中から本人に選んでもらう。帯との組み合わせを選ぶ楽しさもあるようだ。
最近では着物を寄付してくれる方が増え、杵築以外から遠いところだと青森から送ってくれる人もいる。寄付してくれる人はこの活動を知り、箪笥に眠る着物を活用して欲しいという年配者が多かった。

着物体験では本格的な着物を使うため、着付けにも気を使う。普段は職員3名で対応しているが、観光客が多い場合は、近隣の着付けの心得がある主婦に応援に来てもらうそうだ。苦労して習得した着物の着付スキルが役に立つことや、英語でのコミュニケーションなど、楽しみとしてやってもらっている。

最近の外国人利用客は個人客が多くなってきている。個人客で一番多いのは韓国からで、次に香港と続く。九州北部はもともと韓国人観光客が多いエリアで、杵築でも同じ傾向にある。

外国人観光客からは、着物を着ることで所作も併せて体験することができ、日本の文化をより深く理解できて良い、という声もあった。
また、着付け中の会話や、客同士の会話など、日本人と触れ合えるきっかけを持てたという点も好印象のようであった。

■コト消費の成功で地域が変わった

着物姿の外国人を城下町で目にする機会が増えたことで、店側の対応にも徐々に変化が生まれたと三浦氏は言う。駄菓子屋やアイスクリーム屋など、最初は外国人観光客に対して受け身で消極的な姿勢だったが、接する機会が増えることで、能動的に接することができるようになった。

杵築市観光協会では、今後、着物だけではなく、さらに「コト消費」を広げたいと目論む。地域の工芸品をつくる体験も組み込みたいと考えている。

今後に向けてさらに旅行消費を促すため、この地域に泊まってもらえる仕組みも検討中だ。現在企画中なのが、農村・漁村民泊だ。杵築では海が目の前にあり、漁師も多い。そこで地引網漁の早朝体験も外国人向けに提供したいと考えている。地域を巻き込んで体験メニューを増やしていく予定だ。

杵築市では、着物をきっかけに手ごたえを感じ、次の企画を繰り出そうとしている。

取材:やまとごころjp
(インバウンド業界のポータルサイト)
http://www.yamatogokoro.jp/

 

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